この記事は、事務所だより2023年3月号掲載の記事を再掲したものです。
■年休を取得するには時季指定が必要
労働者が年休を取得する権利(「年休権」といいます。)は、労働基準法第39条に定められた6か月以上の継続勤務と全労働日の8割以上出勤の二つの要件を満たした場合に法律上当然に発生し、使用者には法定以上の日数の年休を「付与する」義務が生じることは前回ご紹介したとおりです。ここで注意しておきたいのは、「付与する」とは、労働者による年休権の行使を認めるという趣旨であって、実際に「取得させる」ことではない、ということです。
年休を実際に取得するためには、まずは取得する日を指定すること(「時季指定」といいます。)が必要です。時季指定により、使用者が指定された日の労働義務を免除し、労働者がその日に就業しなかったことをもって、はじめて年休を「取得した」ということができるからです。
■「時季」という用語が使われる理由
条文では年休を取得する日のことを「時季」と表現しています。この用語は、「季節を含めた時期を意味するもの」とされていますが、なぜこのような見慣れない用語が使われているのでしょうか?
これは、労基法が制定された当初、年休の制度設計が、いわゆる「バカンス(仏: vacances)」のような長期休暇を前提としていたことに由来しています。すなわち、年休とは特定の季節にまとまった日数を連続して取得することが本来の趣旨であり、現在でも欧米の労働法にはその趣旨に沿った規定が設けられています。例えば、フランスでは5月から10月までの期間に少なくとも12日間は連続して休暇を取得しなければならないとされています。
■時季指定には三つの方法がある
労基法第39条では、年休の時季指定の方法として、①労働者による時季指定、②労使協定による時季指定、③使用者による時季指定の三つの方法を定めています。
①の労働者による時季指定について、同条第5項で年休は「労働者が請求する時季に与えなければならない」とされています。この請求を労働者による「時季指定権」の行使といいます。「年休権」を有する労働者が具体的な日を指定した場合には、使用者が「時季変更権」を行使しない限り、指定した日が年休の取得日となり、当該日の労働義務が消滅することになります。
②の労使協定による時季指定は、昭和62年の改正で同条第6項に追加されたものです。労使協定により、あらかじめ年休の取得予定日を定めた場合は、付与された年休の日数のうち5日を超える部分について、その労使協定の定めるところにより取得させることができます。これを「計画的付与」といいます。なお、計画的付与の対象から5日分を除外しているのは、労働者の個人的な事情により取得できる日数を確保しておく必要があるためです。
③の使用者による時季指定は、いわゆる「働き方改革」により、平成30年の改正で同条第7項に追加されたものです。それまで、使用者には労働者に年休を「付与する」義務はあっても、実際に「取得させる」義務までは課されていませんでした。この改正により、年休が10日以上付与される労働者を対象に、そのうちの5日については、使用者が時季を指定して取得させることが義務づけられました。ただし、①または②の方法により時季指定された日数は、使用者が時季指定すべき5日から控除することができます。したがって、労働者が自ら時季指定した日数や計画的付与による日数が5日以上あれば、使用者による時季指定は不要になります。
■Q&Aこんなときどうする?
Q 従業員から出勤日の始業時刻直前に電話があり、「風邪をひいたので、今日は年休で休みたい。」と言われました。当社の就業規則には、「年次有給休暇を取得する場合は、1週間前までに所定の方法により申し出なければならない。」と書かれているのですが、このような場合は年休の取得を認めず、欠勤扱いとしても問題ないでしょうか?
A 1週間前という期限が合理的なものであれば、欠勤扱いとして問題ありません。
労働者が年休の時季指定権を行使する場合において、その期限については法律上は定められていません。そのため、請求の時期が取得当日となった場合や欠勤を事後に年休に振り替えるよう請求された場合の取扱いが問題となります。
まず、請求の時期については、就業規則により「1週間前までに」とか「前日までに」といった一定期日前までの制限を設けることが考えられます。このような制限について、判例では、勤務割の変更を前々日までに職員に通知する必要があったため、年休の時季指定を原則として前々日までと定めていた就業規則について、「原則的な制限を定めたものとして合理性を有し、労働基準法三九条に違反するものではなく有効である」としており(此花電報電話局事件 最一小判 昭57.3.18)、一定期日前までの制限を設けることについては、合理的な理由がある場合には認められるといえます。
次に、事後の請求による年休への振替えについて、判例では、「事後請求という概念は本来成立たない性質のもの」であり、振替に応じるかどうかは「使用者の裁量に委ねられている」としつつ、「裁量権を濫用したと認められる特段の事情が認められる場合に限り違法となる」としています(東京貯金事務センター事件 東京高判平6.3.24)。使用者には、年休への振替えに応じる義務はありませんが、労働者が欠勤した事情も十分考慮して、振替えの可否を判断することが望ましいといえます。
(3)へ続く
社会保険労務士 川西 康夫
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