この記事は、事務所だより2023年5月号掲載の記事を再掲(一部修正)したものです。
■年休取得に対する不利益取扱いとは?
前回まで、労働者に付与される年休の権利である「年休権」と「時季指定権」ならびに使用者による「時季変更権」の行使について取り上げてきました。今回は労働者がその権利を行使して年休を取得したことに対する、使用者による「不利益取扱い」について解説します。
年休取得に対する不利益取扱いの具体的な例としては、年休を取得した労働者に対する賃金の減額が考えられます。そのほか、皆勤手当の支給や昇給、賞与の金額の算定に当たって、年休取得日を欠勤に準じて取り扱うことなど、年休取得の抑制に繋がるようなものも含まれます。それでは、このような年休取得に対する不利益取扱いが法律によって「禁止」されているのか、というと、必ずしもそうではありません。年休取得に対する不利益取扱いについては、労働基準法附則第136条に規定が置かれています。
労働基準法 第136条
使用者は、第39条第1項から第4項までの規定による有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない。
ここで注意しておきたいのは、条文の結びにある「~しないようにしなければならない」という独特の言い回しです。不利益取扱いを禁止するのであれば、「~してはならない」とするところですが、このような条文は「訓示的規定」とも呼ばれ、使用者による「努力義務」を定めたものと解されています。年休取得に対する不利益取扱いは、年休を取得したことによって労働者が失う経済的利益の程度によっては、労働者による年休の取得を抑制し、制度の趣旨を実質的に失わせる可能性があり、そのような場合には、公序良俗に反するものとして民事上無効と判断される場合もあり得ます。このような観点から、年休取得に対する不利益取扱いが見られる場合には、これを是正するよう行政官庁による指導が行われていましたが、その趣旨を法律上明確にするため、法附則にこのような規定が設けられたという経緯があります。
そもそも、年休の権利をはじめ、法律で労働者に認められた権利の行使を抑制したり、その趣旨を実質的に失わせるような就業規則等の規定や労務管理上の措置は「違法」かつ「無効」であることが大前提です。ただし、権利の行使を抑制したり、その趣旨を実質的に失わせるものであるかどうかは、具体的な事実により個別に判断されることになります。
このように、労基法の年休取得に対する不利益取扱いの規定は、「禁止」ではなくあくまでも「努力義務」ではありますが、使用者が上記のような賃金減額等の不利益取扱いをした場合、その不利益の程度によっては裁判所により違法と判断され、公序良俗違反で民事上無効となるほか、法の趣旨に反するものとして行政官庁による是正指導の対象となることを認識しておく必要があります。
■皆勤手当の不支給は不利益取扱いにあたるか?
それでは、どの程度までの不利益取扱いであれば、適法なものとして許容され得るのか、ということが問題になります。
判例では、タクシー会社が乗務員の出勤率を高めるため、勤務予定表どおり出勤した者に対して報奨として支給していた皆勤手当について、年休や欠勤があった場合、その日数により減額または不支給としていた事案について、その不利益取扱いの趣旨、目的、労働者が失う経済的利益の程度、年休の取得に対する事実上の抑止力の強弱等諸般の事情を総合して、年休を取得する権利の行使を抑制し、労基法が労働者に年休権を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められるものでない限り、公序に反して無効とはならないと判示したもの(沼津交通事件 最一小判 平5.6.25)があります。この判例では、皆勤手当として支給される金額は1か月4,100円であり、年休・欠勤日数1日のときは2,050円を減額し、2日以上のときは不支給とする、というものであって、不利益の程度を軽微と判断したことなどから、不利益取扱いには当たらないとしています。
年休を取得した日数に応じて賃金を減額することは、年休制度の趣旨そのものを実質的に失わせかねないものであり、「違法」と判断される可能性が高いといえます。年休取得日の賃金については、労基法第39条第9項において、「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」を支払わなければならない、とされています。年休取得日を欠勤に準じて取り扱い、所定労働時間に対する賃金として支給されている基本給を減額する場合等は、労基法第39条第9項への明らかな違反になります。
一方で、皆勤手当のように実際の出勤日数に応じて付加的に支給される手当であれば、年休取得日を欠勤に準じて取り扱い、減額または不支給としたとしても、ただちに同規定に違反するものではありません。ただし、皆勤手当として支給されている金額が相当な高額に上る場合には、年休取得の抑制に繋がりかねないため、「違法」と判断される可能性が高くなります。
■年休制度の趣旨に沿った取扱いを
年休の制度は、労働者の心身の疲労を回復させ、仕事と生活の調和を図るために、労働者の権利として保障されているものです。このような年休制度の趣旨を鑑みれば、皆勤手当の支給のみならず、昇給や賞与の金額の算定を含めて、年休取得日は出勤日に準じて取り扱い、労働者が年休を取得したことで不利益を受けることがないよう配慮すべきことは言うまでもありません。年休を取得しやすい職場環境を整備するという観点からも、年休制度の趣旨に沿った取扱いが望まれます。
(5)へ続く
社会保険労務士 川西 康夫
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